ベトナムスペシャルティコーヒー地図——ダラット・ファインロブスタ

ベトナムの地図上に、ダラット・北西部(ソンラ)・ファイン・ロブスタの3つの地点が示されたイメージ コーヒー

先日、東ドイツとベトナムのコーヒーの関係を調べる記事を書いていたときのことです。

資料をあれこれ漁っていたら、「ファイン・ロブスタ」という聞き慣れない言葉に行き当たりました。

ロブスタといえば、私の中では「インスタントコーヒーやブレンドを支える、手頃で親しみやすい豆」というイメージで止まっていました。それに「ファイン(高品質)」という格付けまであるとは、、、正直、意味がよく分かりませんでした(^^;

調べてみると、、、ベトナムのコーヒーは私が思っていたよりずっと複雑な動きをしているようです。

練乳たっぷりのカフェ・スア・ダーや、金属のフィルター「フィン」で淹れる文化は、今も健在です。

でもその一方で、霧の高原で育つアラビカ、まだ輪郭のはっきりしない北西部の産地、そして工程の作り込みで格付けを勝ち取る「ファイン・ロブスタ」という3つの動きが、静かに進んでいるようなのです。

今回は、この3つを一枚の地図として整理してみようと思います。

「ベトナムコーヒー」というイメージ——合っているところ、ずれているところ

まず、私たちが持っている「ベトナムコーヒー」のイメージから確認します。

練乳を垂らして飲むカフェ・スア・ダー、卵黄を泡立てたエッグコーヒー、フィンでゆっくり抽出する飲み方、、、こうした伝統的な文化は、今も現役だそうです。ここは、思っているとおりで合っています。

生産構造についても、大枠は合っています。ベトナムの栽培面積・生産量は、ロブスタ種がおよそ95〜97%を占め、アラビカ種は3〜5%にとどまるとされています(複数の資料でこの範囲に幅があります)。

世界順位で見ても、コーヒーの生産量・輸出量は世界第2位(1位はブラジル)。ロブスタに限れば生産量・輸出量ともに世界第1位で、世界のロブスタ輸出量のおよそ38〜40%をベトナムが占めているとのことです。2024年の輸出額は84億米ドル(1ドル150円換算でざっと1兆2600億円)にのぼるそうです。桁が全然違います、、、

なぜここまでロブスタ大国になったのか。 この経緯は東ドイツとの歴史を扱った前回記事でじっくり追ったので、今回は深追いしません。

さて、ここまでは「知っているとおり」の話でした。

ずれているのは、ここからです。

イメージが更新されつつあるのは、大きく3つの動きによるものだと分かりました。

  1. 「ファイン・ロブスタ」という高品質格付けロブスタの拡大
  2. ダラットや北西部でのスペシャルティ・アラビカ栽培
  3. ハノイやホーチミンでのサードウェーブ、シングルオリジン消費文化の広がり

このうち①と②を、地図として順番に見ていきます。

地図の一つ目、ダラット——霧の高原で育つアラビカ

いや、ベトナムでアラビカ?ロブスタの国だろ?と、またまた思い込んでおりました私、、、(^^;

場所はラムドン省ダラット周辺(ホーチミンの東側)。標高1,400〜1,600m、平均気温18〜26℃、年間降水量1,800〜2,600mmという条件だそうです。

ここの特徴は霧です。深い霧がチェリーの成熟をゆっくり進め、甘みや有機酸の蓄積を促すとされています。土壌は赤色玄武岩質(バザン土壌)とのこと。

品種はカティモールが主流のようですが、ブルボンやティピカも一部で復活しつつあり、WASI(中部高原農業森林科学技術研究所)が育成した新品種「THA1」がジャスミンのようなフローラルな香りとグリーンアップルの酸味で高評価を得ているそうです。栽培面積はおよそ23,000haとされています。

なお、こうした産地が広がっていった背景は、以前中部高原の40年をたどったこちらの記事で扱っています。本記事では産地の「今」に絞ります。

地図の二つ目、北西部ソンラ——まだ輪郭の見えない産地

ダラットの次に地図に並べたいのが、北西部のソンラ省などで育つアラビカです。

標高は800〜1,200m(一部1,300m以上)。冬には北東からの季節風の影響を強く受け、寒冷で雨が多く、乾季がはっきりしない気候だそうです。品種はカティモールが中心ですが、ダラットで評価の高い「THA1」の導入も進んでいるとのこと。

風味はジャスミンのようなフローラルな香り、グリーンアップルやアプリコットの明るくシャープな酸味、そして黒糖のような甘い余韻を持つとされています。

ただし、正直に書いておかなければならないことがあります。

北西部の作付面積や生産量について、県単位の公式な統計は、今回の調べものの範囲では見つかりませんでした。

分かっているのは、全国統計(コーヒーの総栽培面積はおよそ73万ha)とラムドン省の数字(約23,000ha)から逆算した推計だけです。それによると、北西部と中部を合わせておよそ1万〜1.3万ha程度ではないか、ラムドン省よりはるかに小規模ではないか、という域を出ません。

数値としてもう少し細かいものだと、WASIの試験地でのヘクタール当たり単収データもあります。もっとも良いハイブリッド品種で2.05トン/ha、対照区のカティモールで1.60トン/ha(2006〜2011年頃の試験)。ただしこれはあくまで育種のための試験データであって、商業農家の平均収量ではありません。ここを混同すると、実態より立派な産地に見えてしまいます。

地図の上では、まだ輪郭が薄い場所、、、というのが正直な現在地のようです。

「ファイン・ロブスタ」とは何か——品種でなく工程が生む格付け

ここからが、個人的に一番おもしろいと思ったパートです。

「ロブスタは手頃だけど、風味はやや粗い」というイメージ、私も含めて多くの人が持っていると思います(これはこれで私は好きなのですが…)。でも調べてみると、、、それは品種そのものの限界ではなく、収穫や精製という工程の作り込み次第で変わる話のようでした。

グレードを決めるのは点数——SCAとCQIの共同規格

「ファイン・ロブスタ」は、なんとなくの形容ではなく、れっきとした格付け用語です。

SCA(スペシャルティコーヒー協会)とCQI(コーヒー品質研究所)が共同で策定した「Fine Robusta Standards and Protocols」という規格に基づいているとのこと。

CQI認定の「Rグレーダー(Qロブスタグレーダー)」という資格を持つ人が、外観の査定とカッピング(味の評価)を行います。

100点満点で、90点以上が「Very Fine Robusta」、80点以上90点未満が「Fine Robusta」、70点以上80点未満が「Premium Robusta」という区分だそうです。外観の基準も明確で、350gのサンプルの中に一次欠点(完黒豆やカビ豆など)はゼロ、二次欠点は5点未満というラインが引かれています。

面白いのは評価項目です。アラビカのカッピングにある「ボディ」という項目がなく、代わりに塩味(サリニティ)を織り込んだ「Salt/Acid Ratio」「Bitter/Sweet Ratio」といった、ロブスタ専用の物差しが使われているとのことでした。ロブスタはロブスタとして評価する、ということなのでしょう。

SCA/CQIの『Fine Robusta Standards and Protocols』によるロブスタのグレード区分を示す図。100点満点のうち70点未満は基準に届かず、70点以上80点未満がPremium Robusta、80点以上90点未満がFine Robusta、90点以上がVery Fine Robustaとなることを、点数の幅に比例した帯で示す

現場では何が変わったのか——収穫・乾燥・発酵という手仕事

それでは、現場では何が変わったのでしょうか。

収穫は、実全体をしごき取る「ストリップ・ハーベスト」(未熟豆が混ざりやすい)から、完熟したチェリーだけを100%手摘みで選別する方式へ。

乾燥は、地面に直接広げる方法から、地上80cm以上に組んだ乾燥ラック(アフリカンベッド)を使い、14〜30日かけてじっくり乾かすスロー乾燥へ。

発酵は、自然任せから、密閉容器で酸素を遮断する嫌気性発酵(アナエロビック)や、ベトナムの伝統的な酒酵母(ルオウ・カン)を使った発酵へ。

結果として、土臭さや荒い苦味から、チョコレートやナッツ、トロピカルフルーツを思わせる甘い余韻へと、風味そのものが変わってきたとされています。

発酵という舞台裏——微生物が働く48時間

もう少しだけ、発酵の中身に踏み込みます。

発酵の前半(0〜24時間)は野生酵母が糖をエタノールと二酸化炭素に分解し、後半(24〜48時間)は乳酸菌が優勢になって乳酸やエステル類(フルーティな香りのもとになる成分)を生み出す、、、という微生物の交代劇が起きているようです。

嫌気性発酵ではpHが下がり、鋭い酸が乳酸に変換されてまろやかな甘みが生まれるとされています。ここで生じる遊離アミノ酸や単純糖類が焙煎時のメイラード反応の材料になり、土臭さを抑えてチョコレートやナッツのような香ばしさを引き出すのだそうです。

ハゼが鳴らない豆をどう焼くか——ロブスタの焙煎現場

もうひとつ気になったのが、焙煎の現場です。

そもそもロブスタは生豆の組成からしてアラビカと違うようです。カフェイン含有量はアラビカのおよそ2倍、脂質や糖分はおよそ60%少ないとされています。

コーヒーの焙煎では、パチパチという「1ハゼ」「2ハゼ」の音が、火加減を見極める大事な手がかりになるとよく言われます。ところがロブスタは、この1ハゼ・2ハゼがほとんど鳴らないのだそうです。

音が頼れないとなると、豆の色と温度計だけで進み具合を見極めるしかありません。しかもCQIのロブスタ・カッピング・プロトコルでは、アラビカよりも深めに焙煎することが規定されているとのこと。

価格差はどれくらいか——比較の段階で数字は変わる

さて、この記事の企画段階で、私が一番気になっていたのがこの話でした。

「ファイン・ロブスタは、通常のロブスタの2倍以上の値段で売れる」

調べてみると、、、比較している「段階」によって、数字にはかなり幅がありました。

  • 農家の手取り価格の比較(認証オーガニック・シングルオリジンをスペシャルティロースターへ直接販売した場合とコモディティ価格の比較):50%〜100%高(1.5〜2倍)。2024〜2025年の資料より。
  • 直近(2026年第2四半期)のFOB輸出価格同士の比較:商業用ロブスタが1トンあたり2,850〜2,980米ドル、ファイン・ロブスタが3,400〜3,700米ドルで、その差はおよそ1.19〜1.24倍(19〜24%高)。

ロブスタの価格差を2つの比較段階で示した図。農家の手取り価格の比較は1.5〜2倍、直近のFOB輸出価格同士の比較は約1.19〜1.24倍にとどまり、比較する段階によって倍率が変わることを示す

「2倍」という数字は、農家の手取りベースで見ればおおむね合っています。ただし出荷の段階が変わると、差はもっと縮むこともあるようです。

革命はまだ全体に届いていない——量とばらつきの現在地

ここまで読むと、「ベトナムのロブスタもアラビカも、もうすっかり高品質化した」と言いたくなります。

でも、数字を並べると、そう単純ではないようです。

ファイン・ロブスタの基準(80点以上)を満たすロブスタは、全体の5%未満とされています(ICOのデータ、2025年発表)。スペシャルティとして登録・管理されている栽培面積も、全体(約73万ha)のおよそ1.37%(ベトナム農業農村開発省、2023年末時点の予備統計)にとどまるとのことです。

ベトナム政府の「スペシャルティコーヒー開発計画」では、2030年までに国内シェアを大きく引き上げる目標を掲げているそうですが、逆に言えば、今はまだそのくらいの規模だということでもあります。

品質にばらつきが残る背景には、構造的な事情もあるようです。60万〜70万世帯ともいわれる小規模農家(1〜3ha程度)の多くが、精製設備や販路を自前で持たず、収量を優先して重量ベースで中間業者に販売する形が残っているとのこと。栽培20年を超えた老木も、国内に約14万ha(2024年末時点)残っているそうです。

一方で、安定化の兆しもあります。UCC品質コンテスト2025年大会では決勝進出ロットのすべてがスペシャルティの基準を満たし、Vietnam Amazing Cup 2026年大会でも出品サンプルの83%が80点以上をクリアしたそうです。

まとめ:「安い・ロブスタ・練乳」の先にある、もう一つのベトナム

練乳を垂らしたカフェ・スア・ダー、フィンでゆっくり淹れる文化、生産の9割以上を占めるロブスタ、、、この記事の冒頭で確認したイメージは、今も実態の一部であり続けています。

でも同時に、霧の高原で育つダラットのアラビカ、まだ輪郭のはっきりしない北西部の産地、そして工程の作り込みで格付けを勝ち取る「ファイン・ロブスタ」という3つの動きも、確かに進んでいるようです。

「ベトナムのスペシャルティはすごい」と持ち上げるつもりはありません。全体からすればまだ1.37%程度の、小さな動きです。でも、小さいからといって「たいしたことない」というわけでは決してなさそうです。

むしろ、これからが本当に楽しみ…こんな国が同じアジアにあると思うとなんだかワクワクしますよね。

読者の皆様の中にベトナム産でこんな美味しいコーヒーがあった、という話があれば、是非教えてください^^

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