エチオピアの浅煎りのコーヒーを初めて飲んだとき、私は華やかな香りに一瞬で魅了されました。
花のような、果実のような香りが、カップから立ちのぼってくる。それまで飲んでいたコーヒーとは、まるで別の飲み物で、今でもその時の衝撃は忘れられません。
私のスペシャルティコーヒーの原点はまさに浅煎りコーヒーと言っても過言ではありません。
その浅煎りのことを調べてみたのですが、、、名前の挙がるロースターが、どうにも偏っているのです。Tim Wendelboe、Coffee Collective、Fuglen——いずれも北欧でした。
コーヒーベルトから、あれほど遠い場所なのに。
コーヒーの木が育つのは赤道をはさんだ帯状の地域だけで、北欧はそこから遠く離れた側にあります。産地から最も遠いはずの土地が、なぜ浅煎りの中心になっているのでしょうか。
寒いから? 暗い冬が長いから? 私はぼんやりとそう思い込んでいたのですが、調べてみると、、、どうも、そういう話ではないようなのです。
今回は、①いつ誰が始めたのか ②浅煎りで産地の味が残る仕組み ③そして「北欧の人がみんな浅煎りを飲んでいる」わけではない話、この3つをまとめてみます。
【結論】北欧の浅煎りは「土地が育てた伝統」ではなかった
先に結論を書いてしまいます。
北欧の浅煎りの起点は、1990年代後半から2000年代初頭にかけてのスペシャルティコーヒー運動の中にあったとされています。数百年の伝統ではなく、20数年前に、ごく少数の人たちが選び取ったスタイル、ということのようです。
ここで一つ、私が混同していたことがあります。
北欧にコーヒーを飲む文化が根づいたのは、ずっと昔のことです。よく飲む土地だというのも、浅煎りが広まるより前からの話。古いのは「たくさん飲む」という習慣のほうで、「浅く煎る」という選び方が広まったのは、ごく最近の話だった。 私はこの2つを、ひとつながりの伝統だと思い込んでいました、、、(^^;
要点は3つです。
- 起点:オスロでの生豆の仕入れの変化と、1998年に始まった北欧バリスタ選手権
- 広めた仕組み:2000年に創設された世界バリスタ選手権(WBC)と、そこでの北欧勢の連勝
- 留保:「ノルディックロースト」は都市部の愛好家を中心に広まった潮流で、一般の消費者の多くは今も中煎りを買っているという指摘がある
それぞれ、このあと順番に見ていきます。
1998年、オスロで始まった——競技会が焙煎の常識を書き換えるまで
まず、少しだけ言葉の整理を。
「スペシャルティコーヒー」という語は、1974年にエルナ・クヌートセンが『Tea & Coffee Journal』誌上で初めて使ったとされています。産地の土壌や気候に由来する特別な風味を持つコーヒー、という意味合いだったそうです。そして2000年代初頭には「サードウェーブ(第3の波)」という呼び方が広まりました(この名称自体は2002年にトリッシュ・ロスギブが提唱したものとされています)。
北欧の浅煎りは、この「生豆本来の個性を表現する」という理念を、最も純粋な形で体現する焙煎スタイルとして位置づけられているようです。
では、実際には何から始まったのでしょうか。
焙煎より先に、仕入れが変わった
個人的に一番「なるほど」と思ったのが、ここです。
オスロの老舗ロースター、ソルベルグ&ハンセン(Solberg & Hansen)は、1990年代末から Cup of Excellence などを通じてシングルオリジンの豆を積極的に買い付けるようになったと語られています。そこで根づいたのが「住所のあるコーヒー(Coffee with an address)」という考え方でした。
どこの国の、どの農園の、どの区画の豆なのか。それが分かるようになった。
つまり、焙煎を変えたから個性が出たのではなく、先に豆の素性が分かるようになったから、それを消さない焼き方に意味が生まれた、ということでしょうか。
1998年、北欧バリスタ選手権
1998年、ノルウェーのアルフ・クラーマーの発案で北欧バリスタ選手権が始まります。
そして2000年、モナコで第1回の世界バリスタ選手権(WBC)が開催されました。初代王者はノルウェーのロバート・トーレセン。ここからがすごくて、2000年から2006年までの初期7大会のうち、6回を北欧勢が制しています。
7回中6回、、、さすがにこれは偶然ではなさそうです。
競技会というのは、「誰の淹れ方が上手いか」を決める場です。でも、それだけではないようで。その場で高く評価された味が、そのまま世界中のバリスタの目標になる装置でもあったわけです。
北欧勢が勝ち続けるということは、北欧勢が良しとした味が、世界の基準になっていくということでもありました。
「焦げ味が、果実味を上書きしていた」
この流れの中心にいた人物として必ず名前が挙がるのが、ティム・ウェンデルボーです。
彼は1998年にオスロのカフェ「Stockfleths」で働き始め、2004年にWBCの世界王者になりました。そして、深煎りが生豆本来の果実味やアロマを焦げ味で上書きしてしまっていることに気づき、2007年にオスロで自身のロースタリーを開業します。ノルディックローストの先駆者と位置づけられている人です。
気づいた、というより、「隠れていたものが見えてしまった」に近いのかもしれません。
そこからの広がりも早かったようです。
- 2007年:2006年WBC王者のクラウス・トムセンらが、コペンハーゲンでコーヒー・コレクティブ(The Coffee Collective)を設立
- 2011年:ソルベルグ&ハンセンの生豆バイヤーだったモルテン・ヴェネルスゴーらが、生豆インポーター「ノルディック・アプローチ(Nordic Approach)」を設立
そして日本にも来ます。
フグレン(FUGLEN)は1963年にオスロで創業したお店(当初は別業態だったそうです)ですが、のちにノルウェーのバリスタ王者らが買収し、浅煎りとカクテルバーを融合させたスタイルに刷新されました。その「Fuglen Tokyo」が開業したのが2012年。ノルディックローストが日本に持ち込まれた入口の一つ、とされています。
1998年から2012年まで、14年。
我が家の上の子が生まれる前の話ではありますが、コーヒーの歴史全体で見れば、つい昨日のような話です。

焦がさなければ、産地の味が残る——浅煎りの中で起きていること
では、浅く煎ると豆の中で何が起きているのでしょうか。
「豆の個性が出る」とはよく聞きますが、私はずっと、それを雰囲気の言葉だと思っていました。実際には、成分の言葉で説明されているようです。
酸の話
生豆にはクロロゲン酸(コーヒーに多く含まれるポリフェノールの一種)や、天然の有機酸が含まれています。これらは熱に弱く、長時間・高温の焙煎で分解されていくとされています。
浅煎りではこの分解が抑えられるため、シトラス、ベリー、グリーンアップルのような果実の酸が残る、という説明がされています。
シトラスやベリーと形容されるあの味は、焙煎で足されたものではなく、豆に元からあったものが生き残っていた、ということになります。
香りの話
フローラルな香り、フルーティーな香りを生む揮発性アロマ化合物も、深く煎ると消えたり変化したりするそうです。浅煎りでは、これらが比較的保たれるとされています。
最初のひと口で私を捕まえたあの華やかさも、焙煎が足したものではなく、焙煎が残したものだったということでしょうか。
上書きの話
一方、深煎りの側では何が起きているか。
マイヤール反応、カラメル化、そして炭化が進みます。その結果、ローストフレーバー——炭や灰のようなニュアンス、重厚な苦味——が支配的になり、生豆本来の風味を覆い隠していく、と説明されています。
ここでウェンデルボーの「焦げ味が果実味を上書きしていた」という気づきにつながるわけです。産地の味が消えていたのではなく、上から塗られていたということなのでしょう。
なお、これらの焙煎化学の説明は、業界団体である SCA(Specialty Coffee Association)の研究成果への言及として語られているもののようです。特定の論文が実証した、という形では確認できていません(詳しくは記事末の注記に書きました)。
……ただし、これは諸刃の剣です
ここが大事だと思いました。
浅煎りは生豆の欠点も隠さず表に出します。つまり、浅く煎るという選択は、生豆の厳選とセットでしか成立しないわけです。
さらに、焙煎不足(Underdevelopment)の場合には、青草っぽさ、生っぽさ、過度な酸味、甘みの不足といった状態になるそうです。浅ければいいという話では、まったくないのですね。
余談ですが、浅煎りは水分や質量の喪失が少なく、成分の密度が高く保たれるため、抗酸化物質やカフェインも豆1粒あたりではやや多く残る、という説明もありました。あくまで豆1粒あたりの話で、カップの中がどうなるかは豆の量やお湯の量しだいなので、そこは分けて考えたほうがよさそうです。

【盲点】北欧の人が毎日浅煎りを飲んでいるわけではない
ここが、個人的に一番の驚きでした。
「ノルディックロースト」は、スペシャルティコーヒーの先駆者や都市部の愛好家を中心に広まった潮流であり、一般の北欧消費者の多くは、現在でもコクのある中煎り(ミディアムロースト)を買っているという指摘があるそうです。
現地を取材したルポでも、北欧のどこへ行ってもあの浅煎りが飲めるわけではない、と書かれていました。
つまり「北欧=みんな浅煎り」というのは、私が勝手に作っていたイメージだったわけです、、、完全に思い込んでおりました私、、、(^^;
では、気候の話はどこまで言えるのでしょうか。
長く暗い冬が、屋内で温かい飲み物を楽しむ文化を育て、コーヒーの消費量全体の高さにつながった——という説明はあります。ただしそれは消費量の説明であって、焙煎度の好みを説明したものではありません。気候、日照時間、暖房、乳製品の消費量といったものと「浅煎りという焙煎度の嗜好」を直接結びつけた資料は、今回は見つけられませんでした。
資料が挙げているのは、次の3点です。
- フィーカやヒュッゲのような、1日に何度も飲む生活様式
- 軟水という水質条件
- 1990年代末から2000年代のスペシャルティコーヒー運動
前の2つは、「浅煎りが定着しやすい土壌が整っていた」という条件の話にとどまるようです。
ここからは私の見立てですが、気候や食文化がまったく効いていないとは、正直思えません。ただ順序としては、先に人が動いて、あとから土壌が効いたと見るほうが、年表とは噛み合う気がしています。
「浅煎りは苦手」で片づける前に知っておきたいこと
最後に、冒頭のあの一杯に戻ります。
浅煎りを飲んで酸味が気になったとき、原因は「浅煎りだから」だけとは限らないようです。焙煎が十分に進んでいない場合にも、青草っぽさや過度な酸味、甘みの不足が出るとされています。つまり、浅煎りという設計の問題なのか、その一杯の焼き上がりの問題なのかは、別物ということになります。
それから、ミルクとの相性。浅煎りは繊細なフレーバーがミルクに消されてしまったり、酸味と甘みの少なさが不快な組み合わせになってしまうこともあるそうです。深煎りのほうが、ミルクに合わせても力強いボディ感と香ばしさが残ります。
「浅煎りをラテで試したら微妙だった」は、ごく自然な結果なのですね。私はこれを知らずに、自分の舌を疑っておりました、、、
そして北欧の浅煎りは、「大きめのマグで、1日に何杯も、ブラックで飲む」という文脈の中で磨かれた味です。小さなカップで一杯だけ味わう飲み方だと、その設計の意図は伝わりにくいのかもしれません。
水質の話もありました。北欧は軟水で、抽出に適した環境が整っていたとされています。
なお、湯温や抽出時間といった淹れ方の側の話は、それだけで一本になってしまうので今回は踏み込みません。以前に「抽出時間と成分が出る順番」というテーマで別記事を書いていますので、そちらも合わせてどうぞ(公開後にリンクを貼ります)。
まとめ:「北欧だから浅煎り」ではなく、「そう決めた人たちがいた」
北欧の浅煎りは、寒い土地が育てた古い伝統ではなく、1990年代末からの20年ほどで作られた選択だった、、、これが今回いちばん大きな発見でした。
振り返ると、こういう話でした。
まず、仕入れが変わって豆に「住所」がついた。次に、競技会という装置が、そこで評価された味を世界中のバリスタの目標に変えていった。そして浅く煎ると、熱で壊れやすい酸や香りが残る——ただし豆の欠点も一緒に残る。
そのうえで、北欧の人が全員それを飲んでいるわけでもない。
焙煎度に優劣はなく、どう飲むかに合わせて選ばれてきたものなのだとしたら、深煎り派の方も浅煎り派の方も、自分の飲み方に合うほうを堂々と選べばいいのだと思います。
次に浅煎りの袋を手に取ったとき、「たまたまそういう味の豆」ではなく「誰かが焦がさないと決めた設計」として飲んでみると、同じ一杯でも味の見え方が少し変わるかもしれません。
私は今、あの日に私を捕まえた香りの正体を知ったうえで、もう一度あの豆を買い直したい気分です。
注記
- 本記事の歴史的な経緯(年代・人物・団体名)は、リサーチ時点で確認できた複数の回答で相互に一貫していた記述をもとに整理したものです。ただし独立した複数の情報源で相互検証を行ったわけではありません。
- 浅煎りと風味成分の関係については、業界団体である SCA(Specialty Coffee Association)の研究成果への言及にもとづく説明であり、個別の査読付き論文として書誌情報を確認したものではありません。「科学的に証明されている」と読まないでください。
- 気候・日照時間・暖房・乳製品消費といった要素と、焙煎度の好みを直接結びつけた研究は、今回調べた範囲では見つけられませんでした。本文中の該当箇所(「先に人が動いて、あとから土壌が効いた」)は、あくまで筆者の仮説です。
- 「一般の北欧消費者の多くは中煎りを買っている」という指摘は定性的なもので、裏づけとなる販売データの数値までは確認できていません。
- 関連する研究として、Cotter. Voicing the Supply Chain. Signs and Society. 2021.(バリスタの官能評価がサードウェーブ市場でどう権威づけられたかを論じた論文。焙煎化学の裏づけではありません)

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